TOKIOのリーダー・城島茂が、山口達也の解雇を避けたかった理由とは?売れる前はド貧乏生活を強いられ…

山口達也が居場所を失った。TOKIO脱退、ジャニーズ事務所からの契約解除で、援軍を欠いてしまったのだ。一説によると、前妻と2人の子どもはすでに海外へ移住しているという。これにて、家族、事務所、グループといった後ろ盾がなくなったことになる。

このような事態を悔やんだのは、およそ30年前に山口を採用したジャニー喜多川社長、そして、時間を共有したメンバーだ。なかでも、リーダーの城島茂の落胆は、ハンパないに違いない。そもそもTOKIOは、この2人によって立ちあがった音楽グループだからだ。

TOKIOのスタートは、城島茂バンドという、城島と山口の2人組。実際に、光GENJIのコンサートで演奏したことがある。のちに、ジャニー社長から「世界に通じる名前にしなさい」と助言されて、TOKIO BANDに改名。そして、現在のTOKIOに落ちついた。

この“TOKIOゾーン”に突入する前には、城島と山口に国分太一、のちにV6となる坂本昌行、長野博、井ノ原快彦ほか、退所した数名のジャニーズJr.は「平家派」を名乗って活動していた。ところが、大成することなく解散に追い込まれている。そのとき山口は、高校生。生活が一転した。アルバイトに精を出して、糊口をしのいだ。